パノラマロジック

オタク怪文書

多くの物語を引き連れてOLDCODEXが行くーTour ONE PLEDGES感想

OLDCODEXのライブは、闘争だ。ステージという、彼らをバンドたらしめる小さな居場所を守るための闘争。どうあがいても、声優の、二足目のわらじとしてバンド活動という見方がつきまとう。楽器を演奏する人もいない。バンドのバンドたる証明がどこかで決定的に欠けていると見られがちだ。そうやって遠慮無く向けられる視線に対して、狂気じみた実直さをもって全身全霊でパフォーマンスし、精一杯にそのステージを踏みしめて立ってるのがOLDCODEXだ。

いつ失ってもおかしくない危うい場所で、積載量ギリギリの熱量を保ったままで走り抜ける、どこか刹那的なところがあるからこそ私はOLDCODEXに惹かれていた。

(と、ツアー初日の感想ブログに書いた)

OLDCODEX Tour 2015 ONE PLEDGES初日の感想 - パノラマロジック

今回のツアーで、OLDCODEXは自身で初めて20本の大台に乗ったツアーを経験した。兼業ではない一般的なバンドと遜色のない期間、密度でライブの本数を重ねた。私はこのツアーの終盤、松山公演とお台場2公演を見たが、どの回でもTa_2さんはそのOLDCODEXとして初のライブ本数の多さに触れており、その口ぶりから誇らしさや自信がみなぎっていた。そして、未踏の本数を重ねても、OLDCODEXのパフォーマンスは衰えることなく、むしろより鋭さを増していた。

声優が声優業と並行してステージに立って歌ったり、時にはダンスしたりという光景は当たり前のものになっている。しかし、そうしたパフォーマンスを一定のレベルまで高めることと声優業とを並行して続けるには、目が眩むほどうず高く努力を積み重ねていかなければならない。OLDCODEXのライブは、そんな視点から見た時「声優がやってるバンド」としては高いレベルで楽曲やライブパフォーマンスを成立させていると思う。

しかし、そのような見方を果たして彼らが望んでいるのだろうか?とも同時に思う。兼業の身としての評価に甘んじていたとすれば、こんな密度の20公演のツアーなんてそもそも組んでなかっただろう。あくまでもバンドとしては、掃いて捨てるほどの専業ロックバンドがひしめく「音楽シーン」と呼ばれる大海に乗り出しても、遜色ない存在でありたいのだろうと察する。

それは、去年のツアー最終日のMCTa_2さんが言った「日本一中途半端なボーカリストになろうと思った」という言葉にも現れていたと、私は思う。兼業を兼業として割り切るのであれば、自身を表して「中途半端」なんて言葉は飛び出して来ないんじゃないだろうか。声優としてもバンドのボーカリストとしても途切れなく活動できることは素晴らしいことなんじゃないのか。多分、それは彼なりの逆ギレめいた姿勢も含んだ力強い言葉だった。

「中途半端」だから、彼らは必死にしがみつくのだ。バンドをバンドたらしめてくれるそのステージに。

 

そんなことを考えながら私は各地でONE PLEDGESの公演を見ていた。豊洲、札幌、松山、お台場、4箇所5公演を見たのだが、昨年のツアーが毎回初日のような初々しさがあったことと比較すると、今年は密度の濃いツアーだったせいか、ラスト3公演はバンドとして熟れてきた印象を受けた。いよいよ兼業だとか何だとかそういう印象を感じさせないバンドへ近づいている、と感じた。

 

そしてツアーファイナルがやってきた。

私は、この「近付いている」という感覚がやっぱりどこかでOLDCODEXというバンドのあり方に疑問を持っていたことの現れなんだと気付かされた。やっぱり、広い世界の中でOLDCODEXはどこかが欠けた存在だと、どこかで思っていたのだ。でも、そうじゃなかった。

お台場の2公演で改めて発見したのは、Ta_2さんのボーカリストとしての表現力の深さだ。ラウドな曲で咆えるようにシャウトしたかと思えば突然、背筋がぞくりとするほどのウィスパーボイスを挟む。Physicalで爆発的にがなりたてていた同じ声が、seequretでは掠れた声で静謐さを歌いあげる。その振れ幅には恐れ入るものがある。

本人も折に触れて「片方の活動で経験したことを片方に活かせる」と言っていたが、そのひとつがこの表現力にあるのではないだろうか。彼は紛れもなく、声優として経験を積んできたボーカリストなのだということに気付かされる。

そして、Lantanaがお台場の2公演で初めて披露された。この曲について、Ta_2さんが語るエピソードがとても印象的だった。最終回を迎えた「黒子のバスケ」の、最後のEDテーマとしてリリースされたこの曲は、黒バスの作者の藤巻先生にも気に入っていただいたようで、この曲がラストのEDテーマとなって良かったと先生本人からTa_2さんに聞かされたようだ。そのことを、大事な宝物を見せるようにうれしさを噛み締めて話すTa_2さんがいた。

このお台場の一日目に話されたエピソードにもこみあげてくるものがあったが、2日目のエピソードはそれを超えていた。

Lantanaを歌う時に、Ta_2さんは脱退してしまったメンバーのRONさんの歌い方を思い出して歌っていたと言う。脱退しても、RONさんがいた時代の音はまだ染み付いていて、そうした過去も今もすべて引き連れて進んでいくのがOLDCODEXなんだ、という趣旨の発言だったと記憶している。

私はRONさんがいた時代のOLDCODEXとはリアルタイムで立ちあっていない。しかし、その楽曲の数々をもうOLDCODEXの新曲として聴くことは出来ないということに、取り戻せない時間を思って胸が苦しくなるほどには彼の楽曲が好きだった。彼が脱退するときに、特にバンドから詳細な説明もなく、きちんとしたラストライブもなかったと聞いていたが、 まさかここに来てTa_2さんの口からR・O・Nさんの話が出ることにただただ呆然としていた。

今まで口にしなかったのは、なかったことにしたかったからじゃないのだ。こんなに時間がかかるくらい、失ったものが大きかったのかもしれない。でも、失われた時間も、何もかも引き連れてバンドは進んでいく。それは黒子のバスケという大きな作品がさまざまな熱狂を飲み込んで終わっていくその姿とオーバーラップした。

たかがアニメタイアップかもしれない。けれど、OLDCODEXにとって黒子のバスケは、鈴木達央が演じたキャラクターが生きていたアニメであり、作品を提供してきたアニメでもある。曲自体が持つ物語が、関わったアニメの物語とオーバーラップして胸に迫ってくる。こんなに稀有な体験は、OLDCODEXでこそ味わえるものだと思った。

だから、その時に私はOLDCODEXがバンドでありつづけることの意味をやっと理解したように思う。それだけの物語を背負えるのは、フロントマンが声優として物語をつくることに携わっていなければできないことだと思うのだ。「中途半端」だとTa_2さんは言ったが、それでいい。むしろそれは誇るべき「中途半端」だったのだ。本人がそれを意図しているかどうかは置いておいて。

この日のライブでは、2回目の武道館公演が発表された。初めての武道館に立った日、「武道館、こんなもんかって思った」とこともなげに言ってたTa_2さんがいたが、あれは意識しすぎたために意識してないような発言が飛び出していたのではないかと邪推する。私はあの武道館公演を見て、やっぱり消化不良を感じていた。だからYORKE.さんが「あのときCaptureしきれてなかったかもしれないから、今度はきっちりCaptureしてみせる」という内容の発言をした時には笑ってしまった。そんなこと言われたら楽しみにするしかないから。

 

そうやって過去を引き連れて前進していくバンドの姿を今後も出来る限りは追いかけていきたい。なので武道館、大いに期待して待ってます。