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大井町クリームソーダ第1回公演「天使のお仕事」を見た感想

男性声優に限って言えばの話かもしれませんが、声優さんがファンから評価されることのひとつに「キャラクターを降ろしてくることができる」があると思います。それは、演技において「自分を完全に消し去ること」とも言えます。「いかに自分を消し去ることができるか」は、声優にとってのひとつの評価軸で、それができることはその声優にとって、大きな強みになるでしょう。

そんな声優として活動する入江玲於奈、西山宏太朗、谷口悠の3人からなる「大井町クリームソーダ」の第1回公演「天使のお仕事」を見てきました。

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タイ料理食べに来たらメロンソーダ頼んだらクリームソーダだった、大井町クリームソーダお疲れ様でした。

 

このユニット、「面白いこと、楽しいことをひたすら追求する集団」として旗揚げされたようで、最初から演劇だけを行うために結成されたわけではないようですが、まず手始めに形にした「面白いこと」が演劇だったということでしょうか。

公演タイトル「天使のお仕事」から、"ちょっぴり笑えるキュートでハートフルなストーリー"になるんだろうな、なんてなまぬるい想像をしていたのですが、実際お芝居を見終わってみると、暗闇で突然平手打ちをくらってから強引にマッサージを受けて帰ってきた、みたいな…。痛っ、うわっ、えっ、…キモチイイ…みたいな。とにかく「なんかすごいもん体験したな…」というドキドキ感が残るお芝居でした。公演を観終わってからのほうがドキドキしているなんて体験は初めてでした。

 

ていうか、「天使のお仕事」って結局何だったの…というのが率直な感想です。

 

カワイイ、おもしろい、だけど後味がひたすら悪い

「天使のお仕事」はいくつかのコントで構成されていました。その並べ方がすごくよかった。

序盤に演じられていた「バンドのお仕事」は説明が豊富でオチがわかりやすく、まだ安心して見ていられたのですが、コントが数を追うごとに、説明が省略され、展開が不条理になっていき、毒を色濃くなっていきます。最後の「誕生日のお仕事」はまさかの不気味なオチに、小さな会場が悲鳴で埋め尽くされていたのが印象的でした。この、軽い口当たりのものから入ってじょじょに毒々しい世界に迷いこませるこのやり口には、やられた!!!と悔しい気持ちしか湧いてきません。

 

特に面白かったものを挙げていきます。

まずは、西山さん、鈴木さん、小田柿さんが「自称中身おっさんのキラキラOL」に女装して繰り広げる会話劇の「女のお仕事」。

「私みたいなサバサバしたのについてこれる女子なんて早々いないから~」「あたしなんてもう中身オッサンだからさぁ」という自称オッサン女子のマウンティングの応酬を、女装した3人が演じます。自称オッサン女子への単なる皮肉にはなってなくて、「あたしなんて1から10までオトコだから~」っというセリフを女装した男性に言わせることで笑いに昇華しているあたりがすごい。しかもその台詞を言うのが中性的で女装がバッチリ似合う鈴木さんと西山さんという完璧さ。例えばこれを女装のハマり方が弱い役者さんがやったらもう少し説得力が薄かったかもしれません。

そういえば、「自称オッサン女子」とか「女子同士のマウンティング」を毒づいた視線で眺めているのは女性ばかりなのかと思ってたんですけど、20代男性である大井町クリームソーダの人達も同じ視点を持ってるってところにちょっとびっくりしました。(後から知ったけどこれは入江さん脚本だったんですね)話は逸れますが、西山さんも防衛部のイベントで「女子同士の『えーこれかわいいー』とか怖いよね」という話をしていて、本当にこの男子達は女子をよく見てるなあと思いますし、なんていうかあんまりステレオタイプな女性観してないよね…。そういうところが好きです。

一人の女性を狙ったさまざまなストーカーが出てくる「恋人のお仕事」もよかった。ストッキングの匂いを愛おしそうに嗅ぐストーカー、彼氏じゃないのに妄想で彼氏面するストーカー、付き合ってる相手をストーキングするストーカー(アナルを舐めさせるプレイが好き)、何がすごいのかよくわからないけどすごそうなオーラを持ったキングオブストーカー、これらの4人のストーカー達が、最後に乙女ゲーの攻略キャラのようにひとりひとりBGMに乗せて名乗りを入れていくところが、おたくとしては脊髄反射で興奮する、たまらないお芝居でした。この演出自体が、声優さんがやる舞台ならではなネタですね。

声優さんがやる舞台だからこその哀愁を感じてしまったのは、「男のお仕事」も。

「この仕事に自分がやる意味はあるのだろうか」と悩む谷口さん、「お金さえ手に入れば何でもいい」と流す西山さん、「お前らも守るべきものができればわかる」と先輩風を吹かせる、小田柿さん。最近結婚したという小田柿さんが熱く仕事観を語り、いいムードになったところで突然照明がピンクになり、SMiLE.dkのButterflyが大音量で流れてきて、入江さんの秀逸な「さあさあ舐めてーこすってー揉んじゃって~」などというピンサロ風アナウンスが入り、3人はイスにまたがって淫靡な動きで腰を振る…というこの作品。

前半の、”男にとっての仕事とは…人生とは…”というしみじみとした語りのパートと、華々しくていやらしい腰振りダンスタイムの落差で笑いを産み出そうとしているだけの作品なのかな、とは思いますが、込められたもの以上の意味をいろいろと読み込んでしまいたくなる作品でした。男性声優と言えば乙女ゲーにBLに、(主に)女性の欲望に寄り添うお仕事も多々あるわけで、他人の欲望さえ満たせるスキルや資質さえあれば、もしかしたら谷口さんが言うように、そこには「その人がやるべき理由」なんてないかもしれません。類型化された、同じようなキャラクターがたくさん存在する世界なので、例え生身の人間が演じていたとしても、その声優ですら代わりがいくらでもいる世界です。そういった、人の欲望を満たす仕事に従事する人の悲哀を描いたお芝居だったようにも見えました。

でも、やっぱり一番印象的だったのは西山さんの腰つきの異常ないやらしさでしょうか。前世は本当に、ピンサロのお姉ちゃんだったのかもしれないと思うほど挑発的なまなざしと、素晴らしい腰つきにくらくらしました。

運動部の部室を舞台に、舌っ足らずで不気味なかわいさのある後輩役の入江さんが、高圧的な態度で後輩をパシらせようとする先輩役の谷口さんを、お金をもって屈服させてゆく「後輩のお仕事」。これは今回見た中で一番不条理なお芝居だったと思います。

後輩が札束の入った封筒を地面に投げ捨て、それを欲しさに先輩が人間をやめて犬になっていくだけの話で、それ以外に救いもないし説明もない。舌足らずなしゃべり方で、先輩からの命令もしれっとつっぱねる白痴的なかわいさをもったキャラを演じる入江さんにとても見入ってしまう。入江さんはこういう役がとってもハマる。かわいい、かわいくて面白い。だけど、これ観た後味って絶対良くないよね?

この、かわいいかったり、面白かったりするけど後味が悪い、というのが「天使のお仕事」で演じられたどのコントにも通底するものだったと思います。

最高に後味が悪かったのが最後の「誕生日のお仕事」。誕生日なのに彼女と連絡がとれない玲於奈さんに、誕生日を祝ってあげる友人の谷口さん、そして何度も別のお客さんの誕生日を祝うために登場する、飲食店店員の西山さん。「ちゃーんちゃ、ちゃーん、ちゃーん、ちゃーん、ちゃ~ん」という西山さんの脳天気なハッピーバースデーの歌声がコントの中でいいリズムになっていました。そのリズムにのせられて見ていると、ラストで本当にぞっとする展開へ突き落とされるっていう…。

連絡がとれなかった彼女は遺骨となっていた…というオチなのですが、バースデーケーキの代わりに脳天気な店員西山さんが遺骨を持ってきて、谷口さんがそれを、玲於奈さんに向かって「遺骨、食えよ!」って言う最後のシーン。遺骨を食べる風習というのは確かに存在するようで、バースデーケーキを遺骨に変えるという展開を思いついた入江さん、変態かもしれません。これ本当に怖かった…。西山さんの脳天気でかわいい店員さんの演技が、よりこの不気味さを際立たせていたと思います。

 

大井町クリームソーダって何だったんだろう

旗揚げ理由の「面白いものを追求する」という理念って、なんだか学生のオールラウンドサークルみたいで、「ふわふわしてんな…」と実は思ってたのですが、大井町クリームソーダが今回の公演で見せてくれた笑いは、すごく毒々しくてグロテスクで、悪意あるものばかり。しゅわしゅわ~とかってかわいいツイートで目眩ましをしつつ、とても禍々しいものを見せてくるのが大井町クリームソーダがやろうとしてる「面白いこと」なのかもしれません。そう考えるとすごく攻めたユニット活動です。

私は一時期小劇場でお芝居を見ることにハマってたことがあり、さまざまな劇団の公演を見に行ってたことがあるのですが、今回の大井町クリームソーダの公演を見ていて、思い出したことがあります。それは、小劇団にはひとり、よくわからないけど存在感に目が奪われる看板役者さんみたいな人がいて、演技の巧拙は置いておいて、その役者さんのキャラクターがお芝居を左右するタイプのものがあるということです。

そして、今回の大井町クリームソーダの公演ではまさに、役者さんのキャラクターが演じる役と組み合わさることで、お芝居を左右しているなと感じました。それは、入江さんのかわいくてグロテスクなクズな後輩役だったり、西山さんの脳天気な飲食店店員だったり。鈴木さんと西山さんの女装も、あの二人の女装でなければ成り立たなかっただろうなと思います。

ところが、冒頭に書いた通り声優という仕事においては、恐らく本人のキャラクターをいかに感じさせずにさまざまな人生を演じきるか、という能力が問われる場面のほうが多いのでは?と思うのです。つまり、このユニット活動では声優として求められることの真逆をやっているように思えます。まあ、声だけで表現し/録音し直すこともできる声優の演技と、身体まで使って表現し/お客さんの目の前で芝居を作り上げる舞台の演技って、それだけで方向がだいぶ違うのですが。ユニット活動を始めるにあたり、「主体的に面白いことを発信していく」という思いがあったみたいですが(と、ラジオで言ってた気がする)なるほどたしかに、これはチャレンジングな活動だなと思います。

とにかく客演の3人含め、独特の存在感で芝居を引っ張っていくという意味では、個性の強い大井町クリームソーダの面々のつくりあげるお芝居はとても面白いものでした。声優としての仕事に取り組むかたわらで、こうして声優とは離れた挑戦をすることで、若手と呼ばれる3人に、どんな未来が拓けるのか。その先に期待しつつ、次回公演を楽しみに待ちたいと思います。