※BLTネタバレありなのでご注意ください※
「禁じられた愛」というのはBLの醍醐味のひとつでした。
それは、BLにおいて長らく、「男性同士だから」という理由づけのもとに成り立っていたものです。しかし、昨今の商業BLはこの男同士の性愛を禁忌的に描くものが、体感として少なくなっている気がします。
むしろ男同士で愛し合うことの何がいけないのか? というほどに受と攻はハードルなく好き合って結ばれていくように思います。当たり前のことだけど「男性同士だから」は愛が禁じられる理由にならず、それにBLの設定も追いついてきた結果なのかなと思います。
しかし、「禁じられた愛」の物語をやっぱり私たちは求めてやみません。そこで、世の中を見渡すと、実は非合理に恋愛を禁止された人たちがいることに気づきます。そう、アイドルです。
アイドルの「誰かひとりのものになってはいけない」という空虚なルールをBLの醍醐味である「禁じられた愛」に適用してきたのが吉田ゆうこさんが描くアイドルものBL、「BLT」です。
アイドルものBLは数多くあれど、今までこんなアイドルBL読んだことない。
すごく斬新なアイドルBLでした。
「BLT」のあらすじをざっくりと説明すると、同じアイドルグループ「BLT」に所属するみさきと浩輔が、ある事件をきっかけにお互いの気持ちに気づき、戸惑いながら惹かれあって最終的に二人でアイドルを辞めて恋人同士になる物語。
吉田さんはハロプロがお好きだそうですが、おそらくそんな吉田さんだからこそ描けたアイドルBLが「BLT」だと思います。主役のみさきと浩輔が織りなす、「禁じられた愛」の物語はもとより、アイドル描写のディテールや、セリフなどから吉田さんのアイドル観が透けて見えてくるのです。
例えば、作中で「BLT」が最初にライブを行っている会場は「PALOOZA」。たぶん柏パルーザでしょう。オールスタンディングで450人しか入りません。
次に描かれるライブの舞台はツアー先のZepp Sapporo。そして、最後に描かれる浩輔の卒業コンサートは中野サンプラザです。
ハロオタの吉田さんがツアーファイナルの会場に中野サンプラザを選んだのは納得せざるをえないし、パルーザ→Zepp Sapporo→中野サンプラザというハコの変遷を考えると、パルーザからツアー先の札幌でZeppを抑えられるようになるまで、オタクがめちゃくちゃ増えたんだろうなと勝手にあたたかい気持ちになります。
(更に札幌の会場がZeppなら、東京で行われた浩輔の卒コンが中野サンプラザなんて、かなりの激戦だったにちがいない…と邪推してしまいます)
少し話がそれましたが、こういうコンサートのハコの大きさまで言及したアイドルBLってそういえばなかったなと思います。長らく『男性アイドル=ジャニーズ=ライブならアリーナとかドーム』というイメージがあったので、ハコの大きさまで言及する必要がなかったんでしょう。
これを見れば明らかに、吉田さんが描こうとするアイドルグループ「BLT」は、ぼんやりとしたイメージによって出来ているのではなく、吉田さん自身がリアルタイムで見ているものを下敷きにしていることが伝わってきます。
また、作中でみさきはラブソングを歌うことへこんな戸惑いを吐露していました。
「最近悩みがあってね。俺、恋愛したことないじゃない?する気もないけど。でも恋愛の歌っていっぱいあって…ちゃんと気持ちが入らないっていうか、うまく歌えてない感じがする」
『BLT』p.11、12
これと似たようなことを高橋愛ちゃんも発言していたことを思い出します。
演技に目覚めたのは22歳のころ。恋愛禁止なのに歌うのは恋愛の曲ばかりで、何となくもどかしさを感じていた時、ドラマに主演させてもらいました。そこで「経験がなくても演じればいいんだ」って思ったらぐっと楽になって、同時に、演じることがすごく楽しく思えた。
みさきほど、「アイドルは恋愛しちゃいけない」を内面化しているアイドルキャラってBLにおいては珍しい気がします。このあたりも吉田先生が、恋愛禁止の呪縛が男性より強い、女性アイドルのファンであることと結びついているのかもしれません。
そして、このみさきのラブソングへの素直な戸惑いの吐露が、みさき自身が浩輔に恋してしまった時の切なさにつながってくるのです。
「人を 浩輔を独占したいと思うなんてだめだ。ましてや浩輔は"みんな"のもので、自分も"みんな"のものだから……」
『BLT』p.126、127
みさきに向かって浩輔が「(コンサートに来たファンより)お前の方が大事だから」と伝えるシーンでも、みさきは罪の意識を覚えてしまいます。
「だめだよ浩輔 浩輔は"みんな"のものなのに……」
『BLT』p.131
みさきの中で、「アイドルは誰かひとりのものになってはいけない」が強く内面化されているからこそ、二人がお互いの気持ちに目を背けていられなくなって結ばれる瞬間が、息が苦しいほど切ないシーンになっています。
この、”みんなのもの”でなくなることを選択するアイドルの姿って、朝井リョウさんの「武道館」でも描かれていました。
「武道館」でも、主人公であるアイドルの愛子は、幼馴染の大地と、友達としての一線を越える時に、アイドルである自分のことや周囲の人たちを思い出しつつ、目の前の大地を選びとります。
だって、私は今から、大地を選ぶ。ダメだってことくらい、わかっている。応援してくれるファンがいる、武道館を一緒に目指す仲間がいる、支えてくれている事務所の人たちがいる。アイドルが恋をしてはいけないなんてことは、もう十分知っているし、誰かの手によって、十分すぎるくらいに、分からされてきた。
『武道館』p.218
そして、「BLT」でも「武道館」でも目の前にいるたったひとりを選び取ったアイドル達は、アイドルを辞めてしまうんですよね。みさきは浩輔とともにBLTを電撃卒業してしまうし、愛子もNEXT YOUを卒業コンサートを行わずに脱退します。
でもたぶん、朝井さんも、吉田さんも恋愛が発覚することで彼/彼女らがアイドルを辞めることに対してネガティブな見方をしてはいないと思うのです。
「武道館」では、脱退してその後、結婚した愛子がNEXT YOU元メンバーとして武道館のステージに立ち、スポットライトの下でアイドルとして歌い踊るシーンで終わります。
対して「BLT」ではグループを脱退した浩輔とみさきが、現在のBLTメンバーの看板が見えるカフェで幸せそうにデートしているシーンで終わります。
ステージと街中という違いはあれど、「BLT」も「武道館」も、ただただ、アイドルとして活動していた彼ら、彼女らがその活動を辞めて自分の人生を幸せに生きていくことに対して肯定的です。アイドルをアイドルとして縛り付けていないのです。
吉田さんが「武道館」を読んだかどうかはわかりませんが、こういうところから「BLT」はきっと「武道館」と似たテーマを描いているのだろうと思います。
「俺たちの歌は信じるには美しすぎる愛の歌ばかりだけど、信じる価値はきっとあると思うよ」
『BLT』p.102
作中でみさきが浩輔に投げかけるこの言葉には、吉田先生のアイドル観が秘められているように思います。アイドルは表層しか見えない、偶像的な存在だということが受け止められていて、でもそのうえでアイドルが歌う愛は信じるに値すると唱えている。
この言葉は「BLT」の帯では「僕たちの歌は信じるには美しすぎる……」だけ引用されてるんですよね。
だから、帯だけ読んだらキラキラと偶像的に輝くアイドルの、スキャンダラスな実態をただ暴くだけの物語っぽくとらえられると思います。実際そういうストーリーでも読者はいたのかもしれません。
でも、アイドルをただの偶像で終わらせず、その人の裏側の人生まで丸っと肯定する姿勢が、吉田さんのアイドル愛の形なのかもしれません。その美しすぎる愛をきちんと信じようとした結果、彼らがたとえステージを降りても、それは悲しいことではない。「BLT」のラストは、そんな印象を受けました。
ということで、アイドルファンなら絶対楽しめるBLだと思います。おすすめです。某BLレビューサイトでめちゃくちゃ評価が低いのが残念……。