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Maison book girl ワンマンライブ「Solitude HOTEL 4F」の感想

ブクガの4回目のワンマンライブSolitude HOTEL 4Fがとにかくすごかったので感想をブログにします。言語化不可能な世界を無理やり書いてみました。

一見、難解でクセのあるライブだったけれども、そこにはきちんと4人の女の子がいたよ、という話。難解な演出の解読はどなたかにお任せします。

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記憶が曖昧なので誤りがあったらごめんなさい。

 

ステージは、白い扉がひとつと、時刻を示すデジタル時計だけが設置されたシンプルなセット。開演前はなぜか2018年6月23日の日付で時刻だけが同じものを刻み続けている。このあたりからすでに時間感覚が少しおかしくなっていく。

ライブの幕開けはいつものように始まり、MCもなく淡々と進んでいく。
ブクガのライブは基本的に途中でMCが挟まれることがまれ。少なくとも私がちゃんと現場に行き始めた今年の夏ごろからは。前回のワンマンも、たしか本編にMCパートはなかったはずだ。

なのに、開始して30分でMCが突如スタート。そしていつも通りの、いや、いつにも増してゆるーいMCが展開されていく。矢川さんが「こんなに人が入ってるなんて!」と驚き、和田が「みんな無事にこの日を迎えられてよかったね」と、素朴な感想を口々にいいあう。コショージは、他のメンバーがしゃべっている途中でもへらへらと笑顔をふりまき、客席に手を振り続けていた。

このなんにもない、ゆるいMCが、逆に強烈な違和感を感じさせた。

その後もライブはすすんでゆく。しかし、今までほぼ生歌で歌われてきたところで、「faithlessness」では突然、歌声をかぶせたものになる。なぜこれだけかぶせなんだろう…と思っていると、曲の途中で突然4人の動きが止まる。しかしステージには大音量で鳴り続けるかぶせ音源。

かぶせ音源が大音量で流れる中で、歌うこと、踊ることをやめて扉の向こうに去ってゆく4人。アイドルのステージとしての、ある種のお約束を放棄していなくなっていく。

そしてデジタル時計の時刻がさかのぼり開演時刻になると、再びオープニングと、1曲目の「Sin morning」がパフォーマンスされる。突然のタイムリープだ。見ているこちらも今が何時なのか、わからなくなってくる。

さらに何曲か披露した後、立ち止まり観客に背を向けた4人はバックスクリーンに向き合う。そこには、同じく静止した4人が大きく映しだされており、それぞれが無表情の自分と対峙することになる。そこへ最新シングル「言選り」のイントロが流れ出す。観客に背を向け、後方へ手を振る振り付けから始まるこの曲は、まるでそれぞれが自分とさようならをしているように見えた。

さらにブクガのワンマンでおなじみになっているポエトリーリーディングを挟んでからは、街の雑踏のようにも聞こえる大音量が流れ出しそこへ私服のコートなどを羽織ったメンバーが現れてはステージをさまよって消える。激しいフラッシュにレーザー。感覚的にも、理性的にもひたすら私たちを混乱させる演出だった。

 

ノイジーな幕間を挟み、再びブクガが登場。

ここからセットリストはじょじょに盛り上がりを見せる。鋭い針のようにも見えるレーザー光線が突き刺すようにステージを照らす。そこへ衣装や身体があたるたびに、光が弾けるようにキラキラと反射した。

「十六歳」では、サビで4人が四方に駆け抜けては戻るを繰り返し、大きなステージでのパフォーマンスを印象づける。「出口を探して街の音を聞いているだけ」という歌詞が、先ほどの幕間の演出のことを歌っているように思えた。

そうして本編終了後、いつものように観客のアンコールが始まると思いきや、それは拍手を模したノイズ(足音?)にとってかわられる。不規則な、人間が行うには高度に思われる、奇妙な間隔で打たれるその音を、フロアの私たちはただ違和感を持って聞いているよりほかない。

そこへデジタル時計がどんどんと時間を遡っていく。表示されたのは2014年11月24日の17:10。ブクガが始めてお披露目された日だ。

そうして、ブクガがお披露目された当時の白いシャツの衣装で登場した4人。初期に発表した2曲を立て続けにパフォーマンスする。終始にやけた笑顔のコショージが印象的だった。

曲が終わると、ステージは明るくなり、混乱につぐ混乱を巻き起こしたステージをしてきたとは思えぬ、のほほんとした4人の顔が現れる。最後にコショージがふにゃっとした人懐こい笑顔で「これがメゾンブックガールです!」と高らかに告げた。

相変わらずの笑顔とその言葉の拙さに、確信があったのか、それとも言葉が紡げなくて唯一出てきた言葉がそれだったのかはわからない。もしかしたら2014年のお披露目ライブ当時に発した言葉だったのかもしれない。

だけど、あの笑顔が「メゾンブックガールです」と宣言するならば、混乱した頭では「そうなんだ」としか受け入れようがなかった。

このパートはほとんどMCらしいものはなく、4人は笑顔でお辞儀をし、手を振りながらステージを去っていく。それを呆然と見送る私たち。

バックスクリーンは、気づけばわれわれ観客をリアルタイムで映している。アンコールの拍手を響かせる私たちがうつったスクリーン。そこにステージはもはやない。Zepp Divercityには、私たちしか最初からいなかったように思えた。

今見たものがなんだったのか、不安になって、確かめたくて、アンコールをせがんで拍手する。しかし、何度拍手しても「以上をもちまして…」という終演のアナウンスが始まるだけ。三度目でいよいよ観客は諦め、素直に帰っていった。

久々に、観客がアンコールをこれだけ待っても頑なに出てこなかったアイドルを見た気がする。

会場から出ると、パイプイスの周りに散らばった、英語の詩や不可解な図が描かれた紙。

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あまりの乱雑さに、客が散らかしたのだと思ったのか拾ってイスのうえに置き始めた人もいた。ライブ終了後の、謎解きのカギにもなりえそうな重要な紙なのに、あちこちに散らばってるものだからうっかり踏んでしまうものもある。

徹頭徹尾、違和感がまとわりついたライブだったのだ。

違和感でがんじがらめにされた、難解なライブだ。

常識だと思ってアンコールをしようとしたら、それをノイズが阻む。今度こそアンコールと思って手拍子をして待っても来なかった。イスのうえに整散らかった紙を拾い上げて置いたら、それは逆に「不自然」な行動となったのだ。そもそも歌っている音源が流れる途中で、彼女たち自身が退出してしまうアイドルのライブは見たことがなかった。

さらに、フードの衣装は偶発的にさまざまなところで彼女たちの顔を隠す。また、ステージ後方から発せられる強い光のお陰で、長い間わたしたちは彼女たちの顔を見ることができない演出もあった。姿を見にきているのに、それが隠される。

 

ブクガのライブはわたしたちをアイドルのライブの「いつも」から遠ざけた。

しかし、不思議なことに遠ざけられれば遠ざけられるほどに、ちらりと見える4人の女の子たちの表情や息遣い、ダンスの身のこなしなどの身体性がより強調される気がした。それは「rooms」のサビの無音になるところで彼女たちがステップを踏み続けるために、生の足音だけが会場に響くのと同じように。

今日ほど彼女たちのいい意味で中身のない他愛もない会話を愛しいと思ったことはないし、今日ほど素朴な笑顔が目に焼き付いたことはかった気がする。そして、一見無機質な楽曲にのる彼女たちの歌声は、今日までのトレーニングの成果なのかいつにも増して音量があり、生々しく響いていた。

「これがメゾンブックガールです」という言葉が、どこまで意図していたのかわからない。

混乱した私たちに見せつけてやったという高らかな宣言だったのか。混沌としたステージをまとめるための無邪気な発言だったのか、このはかりかねるところに、ブクガのアイドルとしての魅力が凝縮されていると思った。

当たり前を、ことごとく突き放してくる。けれどもすごくキュートでふつうな女の子たち。

個人的な思い出話をすると、私は1stワンマンと、それ以前のライブに1〜2度だけ足を運んでいたけれど、そのころは実はまったくピンときていなかった。なんとなく、プロデューサーのサクライさんの実現したい世界観をストレートに表現するためのアイドルという印象で、そこにあまり食指が動かないなと感じたのを覚えている。

今回のライブはその頃よりも、サクライさんの表現したいものへのこだわりの強さが現れたものだったかもしれない。けれど、そこでブクガの4人は伝えるための媒介に徹するだけではなく、むしろ彼女たちのふつうの女の子としての魅力が、共犯として私たちを混乱させる役割を十分に担っていた。そして、すでに演出の難解さに負けない、骨太で力強いパフォーマンスの力を身につけていたのだ。

本当にすごいものを見たなと思った。これからブクガはどうなっていくんだろう。

でも、表現の難解さとはうらはらに、ブクガの4人の生身のアイドルとしてのチャームは、増していく一方だ。だからとっつきにくさに尻込みしてる人がいたら否定したいなと思って書いてみた。


誰にむけて布教したらいいのかわからないけど、もっと人気になってほしい。